ヨーロッパでは、サッカークラブの監督を「マネージャー」と呼びます。今や監督の仕事は、選手にサッカーを教えるだけに留まらないからです。チームの目的達成のために、リソースを最大限活用することはもちろん、コーチングスタッフと協力しながら、数十人もの選手の体調やメンタル面のコントロールも行います。数十人の選手の中には、個性的な選手もいれば、外国籍選手もいるのです。一般社会におけるオフィス内でのチームマネジメントと、チームスポーツにおけるチームマネジメントは共通点が多くあります。今回は、マネジメントについて、現東京ヴェルディで監督を務める永井秀樹氏に話を伺ってきました。
<プロフィール>
永井 秀樹。大分県出身。サッカー指導者。国士舘大学卒業後の1992年に、ヴェルディ川崎(現:東京ヴェルディ)に入団し、プロ入りを果たした。その後は、横浜フリューゲルス、横浜F・マリノス、大分トリニータ、FC琉球でなど数多くのJクラブを渡り歩いた。2014年に東京ヴェルディに5回目の復帰をすると、2016年シーズンまでプレーし、現役を引退。翌年の2017年には、東京ヴェルディユース監督兼GM補佐を務めた。2019年にギャリー・ジョン・ホワイト監督が退任し、ユースの監督を努めていた永井秀樹が初のトップチーム監督に就任。現在も東京ヴェルディのトップチーム監督を務める。
選手の良いところを引き出し、組み合わせる

-監督として、さまざまなタイプ選手をマネジメントされていますが、その際に大切にされていることはありますか?-
僕が一番大切にしていることは、チームの選手を一人一人信じることです。
30人40人と選手がいて、年俸が違う段階で完全に平等とは言えません。
能力の違いや、性格の違い、また国籍が違う選手がいたりなど、さまざまタイプの選手がいます。その中で、「指導者が1人1人の選手をどれだけ信じることができるか」というところが一番大切です。我々指導者が、この選手はダメだとか、あの選手はダメだというように勝手に決めつけてしまうと、そこからは何も生まれなくなってしまいます。指導者側のものさしで全てを計るのではなく、全ての選手の良いところを引き出し、組み合わせることが指導者の役目だと考えています。
コミュニケーション方法を使い分ける

-選手のモチベーションを保つために何を意識されていますか?-
全選手の細部に至る所まで、注意深く目を配ることを意識しています。
選手の技術は、今日明日でいきなり上手くなることはありませんし、下手になることもありません。しかし選手の心は、時間が流れていく中で変化していきます。日常の中で、微妙な心の変化は誰にでもありますよね。元気そうに振る舞っていたとしても、実は悩んでいたりなど、このようなことは皆さんも経験があると思います。人間の心は一瞬にして変化します。
なので、瞬間の心動きや、表面にはでていない選手の感情を注意深く見ながら、選手の状態によって対応を変えるようにしています。心がネガティブな方向に偏ってしまっている選手に対しては、なるべくポジティブな声かけをするようにしていますし、逆にポジティブすぎる選手には、緊張感を持たせるような声かけをしています。自信と過信は紙一重なので、過信はしないようにしながらも、選手が自信を持ってピッチに立てるよう、コミニュケーションを撮るようにしています。
常に考えをアップデートする

-永井さんが現役でプレーされていた時と、今の時代の選手はどう違いますか?また、ご自身と違った世代と関わる際、どのようなことを意識されていますか?-
表現が難しいですが、分かりやすく言うと今の世代は、根性という言葉の意味を正確に理解できない世代なのかなと感じます。悪い意味で言っているわけではありません。
今の時代は、辛いことを耐えたり苦しむことよりも、より効果的で効率的なやり方を皆が理解していますし、受け入れられています。その中で僕が意識していることは、「俺たちの時代はこうだった!」と我々にとっての常識を今の世代に押し付けないことです。
しかし、我々がプレーしていた頃の厳しさや、シビヤな部分は現在のサッカー界にも残っています。なので、我々が大切にしてきた根性の意味や意図を、どのように若い選手に伝えるのか、はとても大切ですし、伝えることを妥協はしてはいけないと考えています。
我々が若い時代は携帯電話もありませんでしたが、今は携帯電話どころか、スマートフォンが当たり前にある時代で、物事の変化もとても早いです。その中で我々指導者こそ、古い考えで重要な部分は残しつつ、新しい考えや物の見方、常識を常にアップデートする必要があるのではないでしょうか。
選手に気づきを与える「伝え方」

-永井さんにとって、コーチングの本質とはなんでしょう?-
選手に「気づきを与える」ことが、コーチングの本質だと思います。
指導者が、「あれをやれ!」、「これをやれ!」と選手にプレーの選択肢を押し付けるだけは絶対にうまくいきません。プロ選手といえども1人の人間ですから、心と心の繋がりや信頼関係の中でのアドバイスがとても重要です。選手に気づきを与えながら、一人一人とのコミュニケーションを通して信頼関係を構築することが大切です。そして、各選手がより良い選手になるために、なるべく沢山の気づきを与えられるような「伝え方」を心がけています。
それがコーチングの本質だと考えていますし、それができる指導者が素晴らしい指導者の条件だと思います。
信念を持ち、チームを導く

-監督をされている中で感じる、良い指導者、マネージャーになるための条件は何でしょうか?-
「信念を持つ」ことだと思います。監督という立場を例えると、航海する船の船長であり、船の舵取り役を任されている役割だと考えています。監督は1試合という短い時間の中で、この船に信じて乗ってくれている選手やスタッフ、更にサポーターやファンの方々の気持ちや、思いなどさまざまなものを背負い勝ちにいかなければなりません。同時に、年間を通して船を安定させ、目標とする場所まで進まなければいけないという使命も背負っています。
その船長である人間の信念がブレてしまっているようでは、僕を信じてついてきてくれる選手を裏切ってしまうことになります。チーム全員で良い航海を終えるために、「皆で信じることができる信念」を監督が一番に持ち、同じ船に乗っている皆を導いていかなければなりません。
指導者自身が成長し続け、責任感を感じてプレーできる人間を育てる

-最後になりますが、指導者をされている方やマネジメントに携わる方々に向けてのメッセージをお願いします。-
指導者の方々や、マネジメントに携わる方々に向けてのメッセージを発信できるほど、僕は偉くないですし、指導者としてはまだまだ新米です。なので、毎日選手たちから様々な刺激をもらい、さらに学びを深めないといけないと感じています。皆さんに伝えたいのは、「さまざまな指導者のいいところを盗みながら、自分の信念を貫き、より良い指導者になれるように日々成長すること」をやめないことです。今言ったことは、自分にも毎日言い聞かせていますし、結果を出す上で非常に大切なことだと考えています。育成の部分で言うと、責任感を感じてプレーできる人間を育てることが大切だと考えています。
選ばれてピッチに立つということは、チームを代表すること、という意識を持ってプレーできる選手はとても貴重です。選ばれてピッチに立つということにどれだけ責任があるのか、なぜ自分が選ばれているのか、ということを理解してプレーすることは選手自身が成長していくことにも大きく役立ちます。そうなれば、選手は勝手に成長していきますし、自分の能力をチームのために発揮できるようになるでしょう。今後のサッカー界の発展には、チームメイトや、所属クラブ、サポーター、ファンの方々を裏切らず、能力を全て出し切れることができる選手を育てていくことが必要だと考えていますし、僕自身もそのような選手を育てていきたいです。
永井監督、ありがとうございました。プレーヤーとして、監督としても第一線で活躍されている方が、どのようにチームをマネジメントしているのかという貴重なお話でした。インタビュー中に熱く語られていた、選手一人一人を信じること、細部に目を配ること、信念を持つこと、の重要性は、サッカーというスポーツだけに留まらず、他のスポーツや仕事の場面にも当てはめられる内容ですね。監督のチームマネジメントという視点でサッカーを見ると、新たな面白さを感じることができそうです。
インタビュー・構成・文=佐藤靖晟