子供たちにボールを届ける 琉球コラソン 松信亮平選手

ハンドボール選手として今年で13年目を迎えるベテラン選手がいる。日本ハンドボールリーグに所属する沖縄県のクラブチーム、琉球コラソンでプレーする松信亮平選手だ。トヨタ紡織九州で5年間プレーし、現在も所属する琉球コラソンで8年間プレーしている。日中は、スポーツ店の店舗スタッフとして働きながら、夕方から夜にかけてハンドボールの練習を行う。
家に帰るのは夜遅くになることが当たり前。そんな超多忙な日々を駆け抜けている。
支えてくれた人々への感謝の気持ちを忘れず、常に人のためになることしたいと行動に移してきた。SNSでの情報発信を始め、松信商店というECサイトやハンドボールの普及活動などのような活動を続けている。今回はそんな松信選手が行う、子供たちにハンドボールを届ける活動についてインタビューを行なった。

<プロフィール>
松信亮平(まつのぶ りょうへい)
琉球コラソン/ハンドボール選手
茨城県
1985年9月29日(35歳)

子供たちにボールを届ける

 松信商店という活動をしているのですが、そこで販売しているTシャツの売り上げを利用して、子供たちにハンドボールを届ける活動を行っています。沖縄県内をメインとして、最近では県外にもボールを提供することができました。実績としては、県内では15ヶ所、県外では3ヶ所に提供してきました。松信商店のきっかけは、2019年の茨城国体のクラウドファンディングの延長線にあります。当初リターンとして設定していたのは、マツノブタやレンコンなどの食べ物がメインでした。

ある時、クラウドファンウンディングに参加してくれた人が支払う手数料がもったいないなとふと思ったんです。手数料を支払わない、自前でできる場所が必要だと感じたので松信商店というものを作りました。松信商店で販売しているTシャツは、沖縄のローカルブランドさんにデザインをお願いしたり、同じ職場のアパレル好きな人が手伝ってくれています。このTシャツの売り上げを利用し、沖縄県を中心とした未就学児にボールを届ける活動をしています。

沖縄に貢献する

 今年は沖縄のために働こうと決めていました。僕が住んでいるのが沖縄県の浦添という地域なのですが、この浦添という地域はハンドボールがとても盛んな地域です。住んでいる人口も多く、小学校自体もマンモス校と呼ばれるくらいの大きさです。そんなに生徒数がいるのなら、地域にもっと多くのハンドボールチームがあっても良いと思うんです。沖縄はハンドボール王国と言われてはいますが、ハンドボールを好きな人をもっと増やしていかないといけないと思っています。そのためには、より小さな年齢でハンドボールに触れることができれば、自然とハンドボール好きな子供が増えると考えました。そうするためには、小学生ではなく幼稚園生というより若い年齢で、ハンドボールに触れる機会を増やしていく必要があります。

もっと言えば、ハンドボールにこだわらなくても、子供たちにスポーツを好きになってもらえたらいいなと考えています。沖縄って、琉球コラソンの他にも、琉球ゴールデンキングスや、FC琉球であったりとさまざまなスポーツをより身近に感じる事ができるんです。そこにスムーズに入っていくためには、ボールが近くにあったり、スポーツを行うことが出来る環境が必要です。これは沖縄県に限ったことではありません。将来的には、全国の未就学児にボールを届けていきたいと考えています。届けているボールはブタのイラスト入りなのですが、ただのボールよりも、ブタというアイコンがあった方が親しみやすいかなと考えました。このブタボールを、子供たちがハンドボールやスポーツを始めるきっかけにできたらと思っています。

人が人を繋ぐ

 ボールを直接を渡せる範囲では、なるべく直接現地に行き、届けるようにしています。
しかし全国規模になると、直接渡す事ができない部分も出てくるので、その場合は協力してくれる方にボールを届ける役割をお願いしています。お願いしてボールを託した時点で、自分の想いが相手にしっかりと伝わっているため、その想いに共感してくれる人が段々と増え、協力してくれる人たちが増えてきました。その人たちにボールを運ぶことを託してみると、僕だけではなく、僕の代わりにボールを届けてくれた人たちにも、現場からの「ありがとう」が届きます。直接園長先生や、子供たちの喜んだ顔を見ることはとても嬉しいです。
この良い循環が生まれることによって、この活動を広めることができています。
また、人が人を繋いでいることを実感していますし、関わってくれた人たちが皆幸せになっているのが目に見えるんです。人が人を繋いでありがとうが生まれる。
これがこの活動の醍醐味だなと感じています。

琉球コラソンの発展のためにも

 これまでの活動の中でも人との出会いは特に大切にしてきました。どこでどれだけの人が見ているかはわかりませんが、常にさまざまな人に見られていると思いながら活動を続けています。僕が若い時からずっと応援してくれているファンの人たちが、今も松信商店の売り上げなどを通じてサポートをしてくれているんです。そういった人たちのためにも、この活動を続けていきたいです。

琉球コラソンというチームが発足して13年が経ちました。当時子供だった子たちが、大学卒業するくらいの年月が経っているにも関わらず、コラソンに入団する選手が数人しかいないのが現状です。僕たちの姿を見てハンドボールを始めた子供たちが、実際にコラソンに入団するまでには、まだ10年ほどの年月がかかるでしょう。10年間あれば、ハンドボールのレベルと世間での認知度をあげることは難しくないと考えています。僕たちからボールを受け取った子供たちが育った時に、子供たちとコラソンとの繋がりがより密になり、ハンドボールというスポーツを魅力的に感じるような仕組みを今から作っていきたいです。

 琉球コラソンというチームは人手不足なので、やりたいことはあるのですが、実行できていないのが現状です。10年後はJリーグのジュニアチームのように、コラソンと地域や子供が密に関われるような機会を作りたいです。僕の活動は、そのための種まき的な願いも込めています。もちろん将来的には、ハンドボール界の発展のためにも活動していきたいと思います。しかし、まずは自分がプレーする地域や近場から段々と改革を起こしていきたいです。
僕の活動を知った若手たちが感化されるのは嬉しいですし、若い人が中心となってハンドボール界を巻き込んでいけるようにしていきたいです。

今後の目標

 選手としてはもう佳境に来ていると感じています。これまで支えてくださった方々への感謝の気持ちは忘れず、チャレンジするという気持ちは変わらず持ち続けていきたいです。
年齢的にはかなりのベテランですが、その中でできることや挑戦することが自分には求められていると思っています。これまでもそういう人生を送ってきましたし、それをファンの人たちは待ち望んでいると思います。またこれからも、誰かのためにという気持ちは忘れずに活動していきたいです。

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この記事を書いた人

大沢 勇登

大沢 勇登

立命館大学スポーツ健康科学部4回生。大学では野球部に所属しながら、スポーツを軸に様々なことを経験中。スポーツを通じて、より多くの人にエネルギッシュな影響を与える。