日本人として、世界チャンピオンになる。プロボクサー 平岡 アンディ インタビュー

平岡・アンディ・ジャスティス。今注目の若手ボクサーである。2013年にプロデビューし、2017年には初代日本スーパーライト級ユース王者を勝ち取った。その後も勝ち星を重ね続け、2019年にはアメリカデビューも果たした。戦歴は17戦17勝と全勝を誇り、先日、世界ランクでも10位にランクイン。間違いなく、今後のボクシング界を賑わせてくれるであろう逸材だ。今回はそんな平岡選手に、自身の経歴や、ボクシングへの思い、試合への準備の仕方、メンタルコントロールなどについて話を伺ってきた。

<プロフィール>
平岡・アンディ・ジャスティス。プロボクサー。1996年生まれ。神奈川県出身。初代日本スーパーライト級ユース王者。世界ランク10位。大橋ボクシングジム所属。4歳の時に、元アマチュアボクサーの父親の影響でボクシングを始めた。小学生になると、ボクシング少年として、さんまのSUPERからくりTVに出演。中学生の頃には陸上部にも所属しており、全国大会に出場した経験も持つ。2013年には、後楽園ホールにてスーパーフェザー級4回戦を戦い、4TKO勝ちを収めてデビュー戦を白星で飾った。その後も勝ち星を重ねると、2019年には、米ネバダ州ラスベガスのコスモポリタンでロヘリオ・カサレスと対戦。その試合でKO勝利を収め、アメリカデビューも飾った。

ボクシングで食べていく、という決断

写真提供=平岡アンディ

平岡選手がボクシングを始めたきっかけを教えてください。

僕は4歳の時にボクシングを始めました。ボクシング始めたのは、元ボクサーの父親の影響です。ボクシングを始めてからは、毎日ひたすら練習していましたね。妹が2人いるのですが、彼女たちと毎日ボクシングに明け暮れていました。当時の僕は、ボクシングをあまり好きではなかったのですが、それでも毎日トレーニング続けていました。僕の中でのボクシングは、好きなことというよりも、生活の一部として当たり前にあるものという位置付けでした。

-初めは好きではなかったボクシングをなぜ続けることができたのでしょう?どこかのタイミングでボクシングを好きになったなど、心の変化はありましたか?

今はボクシングを愛していますし、好きで続けています。しかし、子供の頃は、ボクシングを好きになったというよりも、「ボクシングで生きていく」という決断を12歳の時にした記憶があります。
ちょうどその頃から、試合にも出場し始めました。正確には覚えていないのですが、ある時を境に「これで食べていきたい」と思うようになったんです。試合に出る前まではずっと妹とスパーリングや基礎練習だけをしていたこともあり、ボクシングに楽しさを見出せていなかったのだと思います。試合に出れるようになってからは、ボクシングに面白さを感じるようになり、試合に向けた練習をすることを次第に楽しめるようになりました。その頃から僕の中では生活の一部だったボクシングが自分の夢に変わり、好きになっていったのだと思います。

ボクシングのために始めた陸上で全国大会に出場

写真提供=平岡アンディ

中学時代には陸上部に所属し、長距離走で全国大会にも出場していますね。どのようなことがあり陸上部に所属したのですか?

正直に話すと、ボクシングのために陸上を始めたんです。ボクシングでは、トレーニングの一環でロードワークをします。当時の僕は、自分一人でロードワークするのがめんどくさかったので陸上部に入りました。部活に入ってしまえば、やるしかありませんし、皆と一緒にトレーニングできますよね。これをいうと怒られるかもしれませんが、そのような理由があって陸上部に入部しました。

-全国大会に出場するには相当な練習をする必要があると思いますが、どのような日々を送っていましたか?

入部した時点では、陸上の大会などに出るつもりは全くなく、ただトレーニングをするだけのつもりで入部しました。ですが入部してから数週間後、校庭で1kmのレースが部活で行われたんです。
そのレースで僕は、1kmを3分5で走ることができ、自分が走るのが速いことに気付きました。
周りの部員からも「アンディ速いじゃん!」と言われ、自分としても継続すればもっと速くなるだろうという確信を持ったことが、駅伝チームに入ることになったきっかけです。駅伝部に入部してからは、朝は陸上、夕方はボクシングというなかなかハードな日々を送っていました。そのハードなトレーニングの成果もあり、長距離で全国大会に出場することができました。全国ランキングでも5位に入ることができたので、陸上での結果にはとても満足しています。ボクシングのトレーニングの一環で始めた陸上ですが、続けているうちに自然と力がつき、勝てるようになっていきましたね。

すごいですね。そこで陸上に転向しようとかは思わなかったのですか?

それは全く思いませんでした。12歳の時からボクシングで食べていくと決めていましたし、陸上もあくまでボクシングの一環として続けていました。なので、全国大会に出場する時期も陸上は朝練だけ、夕方はメインであるボクシングの練習に励んでいました。何がなんでも、ボクシングで食べていきたかったんです。今はこのように、プロボクサーとして17戦全勝、アメリカデビューも飾れているので、ボクシングを続けていてよかったと思っています。

直感的に戦う

写真提供=平岡アンディ

過去の話しを伺ってきましたが、現在の話しを伺いたいと思います。平岡選手はボクシングの試合中、どのようなことを考えているのでしょうか?

相手食う。これだけです。特に考えていることや、意識していることはありません。
僕には、考えて戦うよりも、感覚的に戦う方が合っています。もちろん試合前は、どのように戦うか、ペース配分をどうするかなどの準備はします。しかし試合が始まってからは、頭の中を真っ白にして感覚を研ぎ澄ませ、何も考えずに直感で戦いますね。

意外です。相手が決まった時点では、その対戦相手の研究などはしないのでしょうか?

正直、相手のビデオを見ることはあまりしません。前回の試合では、相手のビデオを一回だけ2分程見ました。軽く相手のやり方を見た後は、ひたすら自分のハードワーク続け、自分のボクシングをできればいいというのが僕の考えです。相手のビデオ見て、相手のやり方を分析することはあまりしませんね。なぜかというと、そのビデオの相手は、1年、2年前の相手で今とは違うスタイルかもしれないですし、体調も今の体調とは違います。そして、そのビデオの中の相手は、僕と戦ってるわけではありません。ボクシングでは、相手が変わるだけで、試合の流れやリズムが大きく変わるので、過去の相手のビデオを研究したところで、勝つ可能性に大きな影響が出ることはないと考えています。
逆に、過去の相手を見すぎて情報過多になってしまい、どうすればいいのかわからなくなってしまう方が怖いです。なので僕は、対戦相手が決まったら、自分のボクシングを出せるよう、ひたすら反復して練習します。そして試合当日は、いつもと同じように自分のボクシングを出す、ことを意識して戦います。

常に負けた気持ちで練習する

写真提供=平岡アンディ

リング上で殴り合って相手を倒すボクシングの試合中には、恐怖を感じたり、不安になる時もあると思います。ご自身のメンタルはどのようにコントロールしていますか?

特別なメンタルコントロールなどもあまりしていません。試合に向けて、やるべき準備をしっかりとすれば、特別なことをする必要はありません。練習では、期間内で決めたこと全てに取り組めれば問題ないと考えています。もちろん怪我をすることはありますが、決めたトレーニングを全てやり終えることができれば、その取り組みに対して自信を持てるんです。自分のメンタルをコントロールすることよりも、「これだけやったなら絶対大丈夫」という確信を持てるよう準備することを心がけています。

競技をしていると、試合やトレーニングの中で壁にぶつかることがあると思います。その時は、どのように壁を乗り越えますか?

17戦した内の10戦以上は壁にぶつかりました。勝った試合の後の練習でも、負けた気持ちで練習していました。スパーリングをしていても、考えていることができなかったりなど、沢山の課題を見つけたりします。試合の時も同じです。勝ったとしても、自分の力をフルに発揮できない時はとても悔しいし、負けた気持ちになるんです。ですが、自分に満足することなく、常に高い要求を自分に課すと、だんだんと自分を超えることができるんです。それをひたすら繰り返していました。自分と勝負し、自分に勝つということです。レベルアップのためには、満足してしまうことが一番の足枷になります。それを自分と向き合い、勝つことで乗り越えていきました。

日本人として世界チャンピオンになる

写真提供=平岡アンディ

今後の目標を教えてください。

世界チャンピオンになるのが一番の目標です。そして、自分が活躍することにより、この世から人種的な差別をなくせるよう声をあげていきたいです。ボクシングを通じて、人種に偏見を持っている人の頭の中を変えていきたいと思っています。僕は日本人なのですが、世の中には僕を日本人として認めてくれない人もいましたし、中には「お前は日本人じゃないだろ」と言ってくる人もいました。
ボクシングで活躍することで、その現状を変えたいです。

僕はわざとインタビューなどで、「日本人として」という言葉を言うようにしています。
もちろん、ガーナの血にも誇り持っています。ですが僕は、日本で生まれ、日本で育った日本人です。自分が活躍し、世の中に自分の名前が出ていくにつれて、ただ黙って戦うだけではいけないと考えています。おかしい事は強く発信し、弱い立場の人にも勇気と夢を与えるのがスポーツ選手の役目です。アンディという名前で目立つので、注目されやすく、発信すると声を拾ってもらいやすいです。その時に、自分がおかしいと思うことや自分の考えを発信していきたいです。そうすることにより、自分と同じように人種的な差別を受けたことがある人や今も受けていて悩んでいる人に勇気を与えたいですね。

取材・文=佐藤 靖晟

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この記事を書いた人

Sato Nobuaki

Sato Nobuaki

1996年、神奈川県生まれ。高校2年の夏にブラジルを訪れたことをきっかけに、海外行きを決意。その後サッカープレーヤーとしてイタリアとスペインに渡り2シーズン半プレー。現在は、通訳業や言語学習教師、取材・執筆活動を行う。